
【ニャーゴロ新聞:医学研究所vol.2】デザイナーベビーにみる新しいHIV治療
2018年11月28日、南方科技大学准教授の賀建奎は、HIV耐性を持つようなCCR5遺伝子に対するゲノム編集を施した受精卵から双子の姉妹が誕生したと香港で開かれた国際会議で発表しました。かつてHIV感染はAIDSを必発し、死に至る病と呼ばれていましたが、1990年代の多剤併用療法の開発により、薬を飲むことによって一生涯AIDSを発症させないことが可能になりつつあります。今回は遺伝子編集がもたらす、新しいHIV治療について考察しました。
今月号の論文
CCR5の遺伝子編集を行ったCD4 T cellのHIV感染者への自家移植
関連分野:生化学、免疫学、微生物学、感染症内科学
Saayman, S., Ali, S. A., Morris, K. V. & Weinberg, M. S. The therapeutic application of CRISPR/Cas9 technologies for HIV. Expert opinion on biological therapy 15, 819–830 (2015).
Tebas, P. et al. Gene editing of CCR5 in autologous CD4 T cells of persons infected with HIV. N. Engl. J. Med. 370, 901–910 (2014).
世界初のデザイナーベビーが中国で誕生
11月28日、南方科技大学准教授の賀建奎は、ゲノム編集を施した受精卵から双子の姉妹が誕生したと香港で開かれた国際会議で発表しました。賀博士はCRISPR/Cas9技術を用いてHIV感染に関与するCCR5遺伝子の機能を改変して、HIV感染者の父と非感染者の母による受精卵にHIV耐性を導入したと主張しています。一方で、発展途上の技術であるCRISPR/Cas9をヒトに用いた点や、受精卵の編集に対する倫理的な面、またHIV治療として今回の治療が必要であったかどうかという医学的な妥当性の面から賀建奎博士を批判する声が大きくなっているようです。
CRISPR-Cas9について詳しく知りたい方は下記リンク先へ
開発の歴史や機序や今後への展望がイラストとともにわかりやすくまとめられています。
AIDS(後天性免疫不全症候群)とは
AIDSはHIV(ヒト免疫不全)ウイルス感染によって生じ、重篤な全身性免疫不全により日和見感染症や悪性腫瘍を引き起こします。世界での新規感染者は年間180万人、死亡者は年間100万人。感染経路には、(1)性的接触、(2)母子感染(経胎盤、経産道、経母乳感染)、(3)血液(輸血、臓器移植、医療事故、麻薬等の静脈注射など)があるが、日本では99%は性的接触によるようです。
症状としては、HIV感染成立の2~3週間後にHIV血症は急速にピークに達し、咽頭痛・筋肉痛・皮疹などを生じるが自然に軽快し、ウイルス量が一定レベルまで低下し数年〜数十年の無症候期に入ります。その後HIV感染によりCD4リンパ球数が徐々に低下しAIDS発症期となり、CD4リンパ球数が200mm3以下となるとニューモシスチス肺炎などの様々な合併症を発症しやすくなり、その合併症が原因となり死亡します。
治療法としては、3剤以上の抗HIV薬を組み合わせて服用する多剤併用療法が今日のHIV感染症の標準治療法となっています。1996年のプロテアーゼ阻害剤の実用化とともに上記の無症候期を伸ばすことが可能になったため、早くHIV感染を診断し、早く適切な治療を開始することが求められているようです。しかし、一度感染したHIVを完全に除去する治療法は今の所見つかっていません。
↓ 伝説のロック・バンド『QUEEN』のフレディ・マーキュリーとAIDS
HIV耐性に関与する遺伝子CCR5とは
CCR5遺伝子から作られるCCR5は白血球表面に存在する膜タンパク質であり、AIDSを引き起こすHIVウイルスが白血球に侵入する際の侵入口となります。「ベルリンペイシェント」の呼称で知られる、唯一のHIV治癒者は、2007年に合併した白血病の治療の際、CCR5変異を持つ造血幹細胞移植を受けて治癒しています。また、2009年にCCR5阻害剤マラビロクが薬物治療として実用化されています。
論文の背景
上記の通り、CCR5の機能低下はHIVのCD4T細胞への侵入防御に関与すると知られています。今回の実験では患者自身のCD4T細胞のCCR5遺伝子を編集することで後天的なHIV耐性を獲得させてAIDS発症を防ぐという試みです。多剤併用療法は劇的に延命効果をもたらした反面、副作用の問題や一生薬を飲み続ける煩わしさが課題となっています。多剤併用療法なしにAIDS発症を防ぐ=機能的寛解導入を目指した取り組みとなっています。
対象:多剤併用療法中のHIV感染者
介入:遺伝子編集技術ZFNを用いてHIV感染者自身のCD4T細胞 のCCR5分子をエイズ抵抗性にする欠損を遺伝子に※導入し、もう一度被験者に戻す(n=12)
(比較:)多剤併用療法を一時中断した群(コホート1、n=6)と中断せずに経過観察した群(コホート2、n=6)に分ける
結果:第1相試験として安全性を評価、第2相試験としてCD4T細胞数・腸への移行・血中ウイルス量を評価
※導入率は11-28%
結果
目立った副作用はなく治療の安全性が確認されました。
注入した遺伝子改変細胞の末梢血中の数は最初の1週間をピークに減るが、CD4T細胞数全体は維持されました。
投与後4週目から12週間多剤併用療法を一時中断した群ではウイルス量の増加が見られました。
今後への展望
今回の実験では多剤併用療法を中断するとウイルス量の増加が見られたため、現時点で治療としては不十分であり、機能的寛解導入を目指すにはさらなる遺伝子改変効率の上昇が求められるようです。iPS細胞を用いてHIV抵抗性のCD4T細胞を注射するような治療法も将来的には考えられているようです。
1981年に不治の病として報告されたHIV・AIDSですが、薬物治療の進化とともに一生付き合っていく病へと変化を遂げています。CRISPR/Cas9をはじめとした遺伝子編集技術は新しいHIV治療となりうるのでしょうか?