【ニャーゴロ新聞:医学研究所vol.1】CRISPR-Cas9による新しいALS治療

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ニャーゴロ新聞は、NTJ医学担当の筆者(ニャーゴロ社長)が小学生の時に日常の小さなエピソードを新聞にまとめて発表していたものに由来します。
それから12年の月日が経って、医学生となり基礎医学を終えてUSMLE STEP1を取得した筆者が、医学生、主に低〜中学年に向けて、臨床医学につながるような基礎医学のトピックを勉強して発信したいと思います。具体的には、NEJMなどの有名誌で取り上げられた医学論文を中心に、その理解に必要な周辺知識を勉強していきます。
2018年11月15日、NTJ(ニャーゴロ探偵事務所)は12周年を迎えて医学の広い世界を探偵しています。

今月号の論文

ゲノム編集技術CRISPR-Cas9を用いてALSマウスの疾患発症を遅らせることに成功
関連分野:生化学、免疫学、神経内科学

Al-Chalabi A, Brown RH Jr. Finding a treatment for ALS: will gene editing cut it? N. Engl. J. Med. 378(15), 1454–1456 (2018).
Gaj T, Ojala DS, Ekman FK, Byrne LC, Limsirichai P, Schaf- fer DV. In vivo genome editing improves motor function and extends survival in a mouse model of ALS. Sci Adv 2017;3(12): eaar3952.

ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは

ALSとは上位・下位運動ニューロンの障害による神経変性疾患であり。日本国内の患者は約9200人と言われ、好発年齢は60-70代、ルー・ゲーリックやホーキング博士が罹患したことで有名です。一般的に筋力低下などの症状からはじまり2~5年で人工呼吸器が必要な状態になります。
治療法はグルタミン酸拮抗薬リルゾールが僅かに生存期間を増加させるとして使用されていますが現在根治は不可能です。

CRISPR-Cas9(クリスパーキャスナイン)とは

CRISPR-Cas9とはカリフォルニア大学バークレー校のダウトナ博士らによって開発されたゲノム編集技術です。CRISPRとは古細菌がもつ免疫システムに関与する配列であり、Cas9は実際にCRISPRにくっついてDNAを切断する酵素を表しています。CRISPR-Cas9はバイオ研究の世界で急速に普及しており、AIDSの治療や遺伝子疾患への応用が期待されています。

CRISPR-Cas9について詳しく知りたい方は下記リンク先へ
開発の歴史や機序や今後への展望がイラストとともにわかりやすくまとめられています。


論文の背景

疾患の原因となる変異遺伝子の発現を抑える方法はいままでいくつかあったのですが、ALSに対しては十分な効果を発揮できていませんでした。今回の論文は2012年に開発されたゲノム編集技術であるCRISPR-Cas9を用いてALSマウスの疾患発症の原因となる変異型SOD1の発現を抑えるという試みです。
※ALS:筋萎縮性側索硬化症
※SOD1:スーパーオキシドディスムターゼの一種で活性酸素を除去する。ALSの原因に占める遺伝性の割合は10%であり、そのうちの20%を今回用いた常染色体優性遺伝の変異型SOD1が占める。

対象:変異型SOD1を発現するマウスを用いた。
介入:CRISPR-Cas9と変異型SOD1を阻害するsgRNAを含んだAAVを顔面静脈より注射(n=7)
比較:コントロール群(n=7)
結果:1週間に3度体重を盲目的にモニターして、振り返ってピークの体重だった時期をALSの発症とした。
※AAV:アデノ随伴ウイルス。遺伝子の細胞への導入に用いられる。

結果

対照群のマウスの疾患発症の平均は92日だったのに対して、CRISPR-Cas9による遺伝子編集を行ったマウスの疾患発症の平均は126日と優位な差が見られました。

今後への展望

この実験の結果をすぐにヒトへ応用するにはいくつかの課題があるようです。ひとつは介入のタイミングで、今回の方法では出生後から疾患発症前までに介入する必要があります。そのため、家族歴がある場合はスクリーニングを行って介入することが可能ですが、もし家族歴がない場合は疾患発症前の介入が不可能です。
またCRISPR-Cas9を用いたALSの治療の展望としては、SOD1変異以外にもALSの悪化等に関わる多くの変異が指摘されており、それらの変異を不活性化する方法などが考えられているようです。

「神経内科の病気は治らないから辛いね」という話をよく聞くように、神経内科学分野は難治性の病気が多い分野です。その一方でCRISPR-Cas9のような新しい技術による治療法の開発の余地が十分にあるということも言えるのではないでしょうか。アイスバケツチャレンジのその先のストーリーに注目です。

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