【精神物理学】ウェーバー・フェヒナーの法則 ー 数式で表すヒトの感覚

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私たちは普段、人体に備わる感覚受容器を通して外界の刺激を感じ取っています。ヒトの五感には、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚があります。例えば、音であれば「周波数」という物理的な量によってこれを定量化できます。音は、耳から鼓膜、耳小骨、蝸牛を通して刺激として脳へと伝えられます。このとき、私たちが外界から受け取る刺激に対する「感覚」はどのように定量化することができるでしょうか?

 

例えば、私たちの日常における感覚について照らし合わせて考えてみると、新品のTシャツに汚れがつく時の感覚と、ある程度汚れのついた作業着に汚れがつく時の感覚は、つく汚れの程度がたとえ同じだったとしても、両者の感じ方には違いがあるように思えます。もしくは、1 万円を持っているときに 100 円使うことと、1000 円しか持っていないときに 100 円使う感覚を想像してみると、これは同じ 100 円を使うことには変わりないですが、前者と後者ではその感じ方に開きがあるように思えます。

つまり、私たちが感じている感覚の大きさ「感覚量」は、外界からの刺激の大きさ「刺激量」に単純に比例するわけではなさそうであることがわかります。実は、「感覚量」は外界からの「刺激量」に対して、次のような数式でよく近似できることが知られています。

ウェーバー・フェヒナーの法則

感覚量を $P$、刺激量を $I$ とおく。また、感覚に固有な定数を $k$、基準とする刺激量を $I_0$ とおくとき、感覚量 $P$ は次のように表すことができる。\[ P = k \log_e \dfrac{I}{I_0} \]
これを「ウェーバー・フェヒナーの法則」と言います。つまり、感覚量は刺激量そのものに対して比例(線形)するのではなく、刺激量の対数に対して比例する(非線形)ということです。これから、この数式を導出していきたいと思います。まずは、導出の元となる「ウェーバーの法則」から順番に見ていきましょう。

ウェーバーの実験

ドイツの生理学者・解剖学者エルンスト・ウェーバー(1795-1878)は、1834年に重さの感覚についての実験を行い一つの結果を導き出しました。

100 g の分銅を手のひらにのせます。そこに 1 g の分銅を一つずつのせていき、110 g になったときの重さの感じ方を覚えておきます。次に、はじめ 1000 g の分銅を手のひらにのせておき、同じように 1 g の分銅を一つずつ計 10 g 分のせて 1010 g になった場合に、100 g が 110 g に増えたときのような重さの感じ方はしません。

これは、増えた分の重さ 10 g の感じ方が、最初に手のひらにのせていた分銅が 100 g である場合と、1000 g である場合とでは異なることを意味します。

実験結果によると、はじめ 1000 g のところへ 100 g 分の分銅を加えて 1100 g となったとき、100 g から 110 g となった場合と同じような重さの感じ方をします。

つまり、このウェーバーの実験は、

”分銅の重さの変化を感じ取る感覚は、何 g 増えたかといった差ではなく、何倍になったかという比に依存しているということを示した”

と言えます。

違いに気づくことのできる最小の刺激の差を「弁別閾」と言います。これに対して、基準とする刺激を「原刺激」とすると、弁別閾 $\Delta R$ と原刺激 $R$ の間には、次のような関係が成り立ちます。\[ \dfrac{\Delta R}{R} = \mbox{(一定)}\]

これは、例えば、100 の刺激が 110 になったときはじめて「増加した」と気付くならば、300 の刺激が 310 に増加しても気付かず、「増加した」と気付かせるためには刺激を 330 にする必要がある、ということです。

フェヒナーによる定式化

ウェーバーの弟子である物理学者・心理学者グスタフ・フェヒナー(1801-1887)は、このウェーバーの研究結果に基づいて、外界からの刺激量と、それに対してヒトが感じ取る感覚量を定式化しました。それが、「ウェーバー・フェヒナーの法則」です。これは、ウェーバーの実験結果から、次のように導出することが可能です。

感覚量を $P$、刺激量を $I$ とし、刺激量の増加分 $\Delta I$ に対する感覚量の増加分を $\Delta P$ とおく。また、比例定数を $k$ とおく。このとき、ウェーバーの実験より、次の関係式が成り立つ。

\[ \Delta P = k \dfrac{\Delta I}{I} \]

これを変形すると、

\[\dfrac{\Delta P}{\Delta I} = k \dfrac{1}{I} \]

となる。それぞれ、微小な変化量 $d P$ と $d I$ について考えると、

\[\dfrac{d P}{d I} = k \dfrac{1}{I} \]

この式を両辺 $I$ で積分すると、

\[ \int \dfrac{d P}{d I} dI = \int k \dfrac{1}{I} dI\]

\[ \iff \int d P = k \int \dfrac{1}{I} dI \]

\[ \iff P = k \log_e{I} + C \]

ただし、$C$ は積分定数とする。
初期条件として、$I = I_0$ のとき、$P  = 0$ とすると、

\[ 0 = k \log_e{I_0} + C \]

よって、$C = – k \log_e {I_0}$ となる。
したがって、

\[ P = k \log_e{I} – k \log_e {I_0}  \]

\[ \iff P =k \log_e \dfrac{I}{I_0} \]

この数式から分かることは、

“外界からの刺激が大きくなればなるほど、その刺激の変化に対する感じ方は鈍感になっていく”

ということです。

下に、グラフを描いてみました。グラフと合わせて考えるとイメージしやすいと思います。刺激量 $I$ が大きくなっていくと、感覚量 $P$ の増加具合は鈍くなっていきます。

 

私たちヒトの感覚が「なぜ、その機構においてこのような対数関数を採用しているのか」ということに関する考察ですが、おそらくこれは、人体による刺激に対する一種の「平滑化」処理なのではないかと思います。刺激の全てをそのまま処理しようとすると、脳には膨大な作業負担がかかります。そこで、脳の外界からの刺激に対する信号処理という観点において、刺激信号をうまく平滑化することで、その負担を軽減して処理を効率化するために「対数関数」が採用された。いや、そのように進化する過程で、刺激信号を処理する機構が「対数関数」チックへと漸近していった、と解釈する方が妥当かもしれません。

実際、僕がこの「ウェーバー・フェヒナーの法則」を知ったきっかけも、時系列解析における「信号処理」において最適な平滑化処理を施せる関数を探していたときでした。

 

久々にLaTexを使えて楽しかったです。気晴らしになりました。

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