
跳躍伝導に抱くロマン ー ランビエ絞輪に思いを馳せる【進化は何を手に入れたのか】
私たちが何かを考えるとき、運動するとき、人と話すとき。中枢神経である脳から末梢に至る神経まで様々な情報が電気信号(や化学信号)となって行き来しています。電気信号とだけ聞くと、金属導体中を流れる電流のように限りなく光速に近いスピードで伝達するものかと想像してしまいますが、実は人間を含めた生物全般における神経系の伝達スピードそのものはこれに比べてはるかに遅いです。では、生物は進化の過程でどのようにして情報伝達スピードを上げていったのか。その軌跡に迫りたいと思います。
電流の種類
まずは本題に入る前に、電流の種類についておさらいしたいと思います。そもそも、電流が流れるとはどういうことかというと、一言で言えば、電荷を帯びた「荷電体」の移動です。荷電体は、金属導体の中では電子ですし、例えば溶液中であればイオンだったりします。電流には3つの種類があると考えられます。1) 伝導電流,2)対流電流,3)変位電流、の3つです。伝導電流は、荷電体(金属導体中の電子や溶液中のイオン)の電気的衝突によるもの。対流電流は、衝突なしで荷電体1つ1つの動きによるもの。変位電流は、充電や放電の際にコンデンサの中を流れる電流のことです。
導体中を流れる電流は伝導電流で、その速度は光速に限りなく同じで、およそ秒速30万 kmに達します。しかし、個々の電子の速度はわずか秒速10mm程度で、へたをすればカタツムリよりも遅いです。(図1-a)では、なぜ電流が光速に近いスピードになるかというと、それは電子が導体内にぎゅうぎゅうに詰まっているからです。(図1-b)導体内部は、電子がぎっしりとつまっているの で、電圧をかけたとき、マイナス極側にあった電子が1つ押し込まれると、プラス極側にあった電子が1 つ押し出されます。見かけ上、導体の一端に押し込まれた電子が他端から出てきたように見えますが、 両者は別物です。この理屈によって、導体を流れる電流は光速に近いスピードを実現しています。

一方、人体における神経の情報伝達速度は、最も速い所でも毎秒120メートル。実に、光速の300万分の1です。実は、神経系における情報伝達は、本質的に導線を流れる電流とは全く異なる機序によって成り立っています。
神経の種類
マッコウクジラは巨大なダイオウイカを捕食します。マッコウクジラは捕食時に急発進・急旋回する俊敏さをもっていますが、動きの鈍いダイオウイカは一方的に捕食されると考えられています。マッコウクジラは体長15~20メートル、ダイオウイカは体長6~10メートルにも達するいずれも巨大な生き物ですが、マッコウクジラはどうして急発進・急旋回が可能なのでしょうか。その答えは両者の神経の種類にあります。神経には大きく2種類あります。無髄神経と有髄神経です。マッコウクジラは脊椎動物で、ダイオウイカは無脊椎動物です。実は、無脊椎動物 → 脊椎動物への進化の過程で、両者の間において神経伝達速度を上げるコンセプトに大きな違いが生まれます。

まず、神経細胞は軸索という紐のような構造物(図2)を用いて情報を伝達します。神経の伝達スピードを上げようと思うと、まずできることはこの軸索の直径を太くすることです。そうすることで、電気的な抵抗を減らすことができます。(実は、このとき単に”抵抗”という言葉だけでは本質的な事象の説明にはならないのですが、少し端折ります。)これによって伝達速度をあげることができます。実際に、イカなどの無脊椎動物には直径が1,000 μmにまで及ぶものがあります。これは、哺乳類の神経ではその直径が0.5~20 μm程度であることを考えると相当太いことがわかります。ちなみに、クモの糸はおよそ5〜15 μm です。無脊椎動物たちは主に、この軸索の直径を太くすることで伝達スピードを上げてきました。しかし、この方法だと、ある程度まで伝達スピードを上げることができますが、軸索の直径を5倍にしても伝達スピードはせいぜい2.2倍ほどしか上がりません。
そこで生まれたコンセプトが「有髄化」です。脊椎動物たちは、軸索を太くすることとは別な方法で伝達スピードを上げることにしました。結論からいうと、この神経の「有髄化」によって伝達スピードは概ね100倍近くまで跳ね上がります。つまり、一般に無髄神経よりも有髄神経の方が、伝達スピードが圧倒的に速いと言えます。その差は、人が歩く速度と新幹線の速度の差に匹敵します。(図3)それでは、なぜこの「有髄神経」は無髄神経よりも伝達スピードが速いのか。今回は、自然が進化の過程で生み出したこの両者の違いに迫ろうと思います。

そもそも「有髄化」とは何かということですが、軸索が髄鞘(ミエリン)と呼ばれる構造体(図4)を持つことです。髄鞘は、リン脂質に富んだタンパク質で層構造を形成しており、絶縁体として機能します。この髄鞘は、等間隔に間隙を有しており、これを「ランビエ絞輪」と言います。

結論的に言うと、有髄神経の伝達スピードが速い理由は、この「ランビエ絞輪」によって「跳躍伝導」が起こるからです。ただ、この「跳躍伝導」という表現こそが、実際の神経情報伝達メカニズムの理解を妨げているのではないか。そういう思いで今回の記事に至りました。多くの教科書や書物を見てみると、有髄神経の伝達スピードが速い理由としてしばしば次のような表現が用いられているようです。
「髄鞘が活動電流を流しにくい絶縁体としての役割を果たす。そのため、活動電流は隣のランビエ絞輪までの長い距離を流れ、・・・興奮は跳び跳びに跳躍するように伝導できる。」(東京書籍)
これは実は、有髄神経の伝達スピードがなぜ速いのか?という問いに対する説明になっているようで、全くなっていません。2つの観点から考えてみます。まず、この書き方だと、伝達の主体はあたかも軸索の中を流れる”活動電流”であるということになりますが、僕自身が勉強を進めていく中で、どうやらそうではなさそうであることが分かりました。つまり、伝達の主体は軸索の中の”活動電流”ではないということです。次に、「絶縁体だから…」という箇所も的を得ていません。ここでは、「絶縁体が存在するとなぜ速くなるのか?」「それは跳躍伝導を起こすから」という論理になっていますが、構造的に考えるとこれは少しおかしいことに気づきます。髄鞘は、”活動電流”があるとしてそれが流れる進行方向、つまり軸索方向に平行に存在しています。これだと構造的に絶縁体として機能しません。髄鞘が”活動電流”に対して絶縁体として機能するためには、少なくとも軸索方向に対して垂直に存在している必要があります。しかし、仮に垂直方向に髄鞘が存在していたとすると、絶縁体として進行方向の”活動電流”を流しにくくするように機能するはずなので、これはむしろ伝達スピードが遅くなってしまうと考えられます。
つまり、ここで神経における情報伝達の主体が軸索内を流れる”活動電流”と捉えることに少し無理があるのではないか?という予想につながります。そうでないと、髄鞘があることによって伝達スピードが上がることの説明がつきません。そして、僕自身が至った結論としては、私たちの神経系における情報伝達の実態に対する解釈は、
「軸索近傍におけるイオン濃度勾配そのものが縦波(疎密波)となって伝導するもの」
という理解です。これから一つずつ説明していきます。
細胞は1bit
有髄神経や無髄神経における伝達メカニズムを考える前に、細胞単位での情報の取り扱いについて考えます。細胞には「細胞膜」という構造が存在しますが、これは厚さ約10 nmの薄い膜で、タンパク質のかたまりを含んだ2層のリン脂質の膜(脂質二重層)から構成されています。人体はこの「細胞膜」によって、体内の重要なイオン(電解質)の濃度などを精密に制御しています。どういう風に制御しているかというと、イオンチャネルと呼ばれるポンプのような機構が細胞膜上に無数に存在しており(図5)、これらによって特定のイオンを細胞内へ取り込んだり、外へ排出することでイオン濃度を一定に保っています。この「細胞膜」の制御によって、細胞内は通常相対的にマイナスに帯電するように設計されています。だいたい、− 70 mV(静止膜電位と言います)ほどです。

さらに、このイオンチャネルの中でも様々な種類があり、濃度勾配に従ってイオンを通過させるもの(エネルギー不要)もあれば、エネルギーを加えなければ開いてくれないイオンチャネルもあります。例えば、細胞内にナトリウムイオンを取り込む働きをする「電位依存性ナトリウムチャネル」と呼ばれるイオンチャネルは普段は基本的に閉じていますが、外部から刺激を加えられると開く仕組みになっています。反対に、「カリウムリークチャネル」と呼ばれるイオンチャネルは常時開いており、濃度勾配に従ってカリウムイオンだけを選択的に通過させます。細胞外のカリウム濃度は低く設定されているので、カリウムイオンはこの「リークチャネル」を通って細胞外へ流出していきます。
基本的には、細胞が外部から刺激を与えられると、細胞膜上の開状態となる「電位依存性ナトリウムチャネル」の数が少しずつ増え始めます。そうすると、ナトリウムイオンの流入によって細胞内が少しだけプラスに傾きます。これを脱分極と言います。細胞内へのナトリウム流入がさらなる脱分極を引き起こし、それがさらに多くの「電位依存性ナトリウムチャネル」を開状態にします。(生理学的にポジティブフィードバックと言います。)この脱分極が積算してある一定の膜電位(閾値)を超えると、細胞内の電位は急激にオーバーシュートし活動電位を生じます。(図6)細胞がこの活動電位を生じた状態を「細胞の興奮」と定義します。刺激がある閾値以下のとき細胞の応答は皆無であり、閾値に達すると最大を示し、それ以上刺激を強めても応答(興奮)の強さに変化はありません。つまり、一つの細胞は「興奮した状態 or そうでない状態」の2つの状態しか取り得ないことになります。これを「全か無かの法則」と言ったりします。IT 的に言えば、状態として0か1しか取ることができないという意味で、一つの細胞が扱える情報量は1bit です。

無髄神経の伝達メカニズム
次に、細胞同士の情報伝達を考えてみます。細胞は自分に与えられた刺激を、活動電位を通して近隣の細胞へ伝えようとします。活動電位は空間的な広がりを持っており、近隣の細胞に作用し膜電位を引き上げます。つまり、「電位依存性ナトリウムチャネル」が開きかけのところや、まだ開いていないところへまで電気的な影響が及びます。この活動電位の広がりの簡単なモデルとして、数直線上に並んだ細胞たちによる活動電位の連鎖反応を考えてみます。(図7)ある地点にある細胞によって引き起こされた活動電位が、近隣の細胞の膜電位を引き上げてその閾値を超えさせることで、次の活動電位を生じさせていくことがイメージできると思います。ちなみに、この連鎖が逆方向に進むことはないのか?という疑問が生じると思いますが、細胞には「不応期」と呼ばれる機構が備わっており、この逆方向への連鎖を封じています。ある細胞が活動電位を生じた後、ある一定時間その細胞はいかなる刺激にも応答しなくなります。これが「不応期」です。これによって、情報の伝達方向が定められることになります。重要なポイントは、ここでの活動電位の実態は、その細胞膜近傍におけるイオン濃度勾配によるものであるということです。

ここまで、異なる細胞同士の伝達を考えてきましたが、ある一つの神経細胞における軸索上にもこれらのイオンチャネルが特定の間隔で発現しています。無髄神経における情報の伝達とは、それぞれの位置におけるイオンチャネルによって引き起こされる活動電位が進行方向に向かって連鎖していくこと。つまり、活動電位を形成するイオン濃度勾配が疎密波として軸索方向へ伝わっていくことだと捉えることが可能です。また、イオンチャネル自体にも細胞における「不応期」に対応する「不活性化」という機構が存在します。これが、軸索上での伝達の進行方向を一意に定めています。(図8)

有髄神経はなぜ速いか?
さて、やっと本題ですが、なぜ無髄神経に比べて有髄神経の方が伝達スピードが速いのか。それを考えるにあたって、逆にそもそも無髄神経がなぜ遅いのかを考えてみます。ポイントは次の2つです。
・軸索はいわば穴の空いたホース
・イオンチャネルの開閉には時間がかかる
そこで、軸索上における伝達スピードを上げようと考えたとき、まず思い浮かぶコンセプトは、ある地点における「電位依存性ナトリウムチャネル」が引き起こした活動電位によって、より遠くの「電位依存性ナトリウムチャネル」を脱分極させることで次の活動電位を引き起こさせることです。このとき、留意すべき事項は、軸索上を進む活動電位はその距離に応じて減衰するということです。主な理由は、軸索上に存在する「カリウムリークチャネル」によってカリウムイオンが流出してしまうことで電位が少しずつ減衰してしまうことだと考えられます。(また、ナトリウムイオンの流入によって伝わる電位の伝播は、隣の「電位依存性ナトリウムチャネル」を興奮させると減衰してしまうという考え方もあるようですが、僕はまだあまり腑に落ちていないです。)
とにかく、軸索は何も工夫を凝らさなければ、散在するイオンチャネルたちによってどんどん進行する活動電位が減衰してしまうということです。物理的には全く異なるモデルですが、軸索上を活動電位が伝わっていく様子は、内部に水が流れるホースと見立てることでイメージが付きやすくなると思います。穴が空いていないホース(図9-a)は、最初にかけた水圧が減衰せずに先端部まで伝わります。次に、穴を一定間隔で開けていくと、水圧は穴ごとに減衰していき先端部における水圧は大きく減衰します。(図9-b)ここで、例えば最初の穴を3つ塞ぐと、その分水圧は減衰せずに先端部まで伝えられます。(図9-c)

髄鞘の役割はちょうど、空いた穴を塞ぐというコンセプトと重ねて理解することができます。つまり、軸索を進む活動電位の伝播を減衰させないために、その原因の一つである「カリウムリークチャネル」を塞いでしまおうということです。軸索内から軸索外へのイオンの移動(漏出)を防ぐためにこそ、絶縁体としての髄鞘が機能を発揮しています。
もう一つは、「電位依存性ナトリウムチャネル」の開閉には時間がかかるということです。イオン濃度勾配の疎密波が伝達するスピードに比べて相対的にイオンチャネルの開閉は遅い処理ということです。(静止膜電位からピーク、そして再び静止膜電位まで戻ってくる時間は、およそ2ミリ秒とされています。) よって、時間のかかるこの一連の処理の回数をなるべく減らしたいというコンセプトも生まれます。つまり、髄鞘は軸索上にある「電位依存性ナトリウムチャネル」を絶縁体として上から潰すことで、伝達に利用される「電位依存性ナトリウムチャネル」の数を極力減らし、より効率の良い伝播を実現させていると言えます。
結果的に、有髄神経においては「電位依存性ナトリウムチャネル」を含めたイオンチャネルは基本的に「ランビエ絞輪」にのみ存在することになります。1) イオンのリークを防ぎ、活動電位をなるべく遠くまで減衰させずに伝える。2) 処理の遅い「電位依存性ナトリウムチャネル」の数を減らす。これら2つのコンセプトから髄鞘が生み出されたと考えることが可能です。つまり、無髄神経と有髄神経の間において、情報の伝達メカニズムそのものに大きな違いはなく、もっと言えば有髄神経の「跳躍伝導」という言葉が持つニュアンスは、むしろこれらの真の理解を妨げてしまう気がします。
これまでの議論の中で、無髄神経 → 有髄神経 がいかに合理的な進化であるかが分かったと思います。進化の過程で、なんとか無髄神経の遅さを克服するために、様々な試行錯誤があり、その中で採用された革新的な高速化システムこそが、この軸索の「有髄化」だったという解釈が妥当なのでしょうか。