
【便移植】他人のうんちで治療!?~”便の銀行”まで存在!良い便を売り買いする時代へ~
他人のうんちを移植、というとかなりパンチがありますよね?しかし、近年 アメリカをはじめとして、この便移植(Fecal Microbiota Transplantation;FMT)の臨床研究が盛んに行われており、日本でもその治療法が注目を集めています。それでは、いったいこの「便移植(=FMT)」とはどのようなものなのでしょうか?
腸疾患の増加
「腸の病気」といっても色々なものがあります。たとえば、”炎症性腸疾患”とよばれるものはその代表的な病気です。”炎症性腸疾患”とは、もっと具体的に言うと、一般にそれぞれクローン病、潰瘍性大腸炎とよばれる2つの病気に大別されます。実は、近年 これらの病気は増加の傾向にあるそう。炎症性腸疾患は、若者に多く発症し、突然の腹痛や下痢、そして発熱などの症状をおこすとして、難病指定されています。そして、これらの腸の病気はもちろんのこと、関節リウマチ、自閉症、肥満、糖尿病、動脈硬化…。こういった様々な病気に大きく関係していると言われているのが、「腸内細菌」です。
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(難病情報センター:http://www.nanbyou.or.jpより)
腸内細菌
便移植(=FMT)について
このような腸内細菌のバランスの乱れに対して、最も直接的かつ有効な治療法として注目され始めているのが、便移植(=Fecal Microbiota Transplantation:以下FMT)というわけです。
FMTの歴史
実は、FMTの起源は、中国の紀元4世紀にまで遡ります。紀元4世紀に、中国のGe Hong という学者が急性食中毒の患者に対して健康な人の便を投与することによって治療を施した ということが、中国語の”救急医学”という教科書にも記載されています。一方、欧米でも、1958年に Eiseman という外科医が”偽膜性腸炎”(Clostridium Difficile感染症による腸炎)の患者に対して健康な人の便を投与することによって治療したという報告があります。しかし、このEisemanによるFMTの発表にも関わらず、1960年代ではFMTはほとんど行われることはありませんでした。その理由は、抗生物質です。ペニシリン(1928年発見)にはじまる抗生物質の相次ぐ発見と発展という背景の中で、悪い菌は抗生物質でやっつけて治療しよう!ということで、FMTは全く注目されてきませんでした。(わざわざ、うんち使わなくてもよくね?ってことです。)
しかし、近年、抗生物質や様々な薬剤の発展に伴って別な問題が起こっています。それが、薬剤耐性菌の出現です。また、抗生物質の投与により、腸内細菌において正常な腸内細菌が減少し、耐性のある悪い菌が生き残り 増加してしまうという、まさに dysbiosis が起こってしまうわけです。このような一連の流れによって引き起こされる病気のうち、代表的なものが、Clostridium difficile Infection(以下、CDIと略)すなわち、Clostridium Difficile感染症。”偽膜性腸炎”を引き起こす原因となるものです。とくに海外を中心として、抗生物質を使用した高齢者などがこのCDIによって腸炎を引き起こし、全身状態を悪化させ、最悪の場合 死亡してしまうということで、非常に問題視されてきました。
実は、このCDIに対して非常に効果的な治療。それこそが、このFMTなのです。
FMTのメカニズム
dysbiosis によって腸内細菌のバランスが崩れ、正常腸内細菌の数が減少してしまう。すると、本来 健康な腸内であれば、その増殖が抑制されている悪玉菌である Clostridium difficile が異常増殖してしまい、これにより増殖した Clostridium difficile が毒素を産生します。この毒素が大腸の壁の粘膜を傷害することで”偽膜性大腸炎”が引き起こされます。ちょうど、内視鏡検査で、大腸壁に菌による円形の膜(偽膜)の形成が認められることからこう呼ばれます。主な症状は、下痢や腹痛、吐き気といったもので、重症化すると、血の混じった下痢になることもあります。
さて、そこで、FMTを行うことで、以下のような作用が起こります。
① 腸内細菌バランスの回復・正常化
② Clostridium difficile の増殖を阻害する因子を生成
③ 正常腸内細菌を増加
これらの作用により、Clostridium difficile の異常増殖が抑制され、CDIに対して非常に高い効果を示します。ざっくり言って、このような機序が関係していると考えられていますが、実は その正確なメカニズムはまだ解明されていないらしいです。
FMTの有効性
FMTはCDIに対して、年齢や基礎疾患、投与経路に関わらず、有害事象はほとんどなく、迅速な治療応答と90%近い治癒率が得られると言います。オランダで行われた臨床実験の結果によると、従来の治療法だとCDI治療率が31%であったのに対し、FMT(十二指腸注入)では81%の治療率であったという。
また、気になる便の投与方法ですが、いまだ確立された方法はありません。しかし、一般には、まずドナーから採取した便を生理食塩水で希釈し攪拌(薄めてよく混ぜる)。そして、その上澄み液を濾過する。これで便の方の準備は完了です。こうして処理された便は、直接 腸管へ注入される、もしくは ゼラチンカプセルに入れて飲み込まれます。腸への注入方法も、まだ明確な投与ルートが確立されていません。内服摂取、経鼻 胃/空腸チューブからの投与、内視鏡による投与、浣腸、直腸チューブからの投与など…。様々な投与経路が報告されています。
ドナー便の選別や投与方法についてはまだまだ改善課題が多く、研究・開発が盛んに行われています。また、アメリカでは「便の銀行」が設立され、”優良な”便を$40で買い取って保管し、FMT 一回当たりの料金を約$250 として、すでに2000回以上、200施設以上に提供してきているそうです。事前にスクリーニングされており、若くて健康なドナーの便の貯蓄があると、より多くのケースでFMTを 行う上 でメリットになり得ます 。さらには 最近の報告によれば、CDI患者に対し、新鮮便を移植した場合と凍結便を移植した場合で比較したところ、下痢の解消が認められたのは、新鮮FMT群で85.1%、凍結FMT群で83.5%とほぼ同等であり、有害事象の発生も、両群で差はみられなかったという。このことから、「便の銀行」システム は 有 効 であることを示していると言えます。
現時点では、FMT の有効性がしっかり証明された疾患は CDIだけですが、FMT の CDIに対する高い奏効率は、治療法としての 腸内細菌の制御 の大きな可能性と重要性を示していると言えます。現在では、腸の病気 以外にも、肥満や自閉症といった病気への適応も検討されているそうです。予防医療という観点からも、近年のFMTの適応疾患の拡大の試みは大きな可能性を秘めており、世界的に注目を集めています。FMTを含めた 腸内細菌の制御 の科学的メカニズムの解明と、臨床応用への期待が高まります。
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