
【再生医療】宇宙が心臓再生のカギを握る?! 微小重力が細胞へ与える影響とは
「再生医療」という言葉を聞いたことがあるだろうか?ES細胞やiPS細胞の登場によって急速に発展し、現在、世界中で盛んに研究・開発が進められている医療分野である。この「再生医療」によって、これまで根本的な治療が困難であった病気を治したり、欠損した臓器や組織を再建することで、患者・高齢者・障害者といった人たちの生活の質(QOL:Quality of life)を飛躍的に向上させ、医療分野にとどまらず産業構造や社会経済といった社会全体に変化をもたらすことが期待されている。最新の研究によると、宇宙が心臓の再生に新たな進展をもたらす可能性があるという。
実は、私たちの体にとって再生とは決して珍しい現象ではない。たとえば、髪の毛は抜けても新たに生えてくるし、軽い切り傷ややけどを負っても皮膚はしばらくすれば元通りになっている。肝臓は、たとえ手術で切除されても全体の約30%が残っていれば元の大きさにまで再生することが知られている。このように、体の中のほとんどの組織や臓器は自ら再生する能力を持っている。しかし、残念なことに、一度損傷を受けてしまうと、自分で再生することが困難な組織や臓器もある。心臓を構成する心筋細胞や、脳や脊髄を構成する神経細胞がその代表である。

再生困難な心臓
心臓は、全身に血液を送り出すポンプとして、私たちの生体活動にとって極めて重要な役割を担っている。心臓を構成する筋肉が一定のリズムで弛緩と収縮を繰り返すことでこのポンプ機能が実現している。心臓を構成する細胞は、その30%が”心筋細胞”、70%が”心臓線維芽細胞”と呼ばれる細胞で構成されている。ポンプ機能を担うのは基本的には”心筋細胞”である。しかし、この”心筋細胞”を破壊する病気がある。それが、心筋梗塞である。
酸素や栄養素を多く含んだ血液を心筋(心筋細胞)へ送っているのが心臓をとりまく「冠動脈」と呼ばれる動脈である。”動脈硬化”などが原因となって、この「冠動脈」に閉塞や狭窄が起こると、心筋へ血液が十分に供給されなくなる。この状態がさらに悪化し、「冠動脈」が完全に閉塞され、心筋に血液が供給されなくなると、その部分の心筋細胞は壊死し、最悪の場合死に至る。これが、心筋梗塞である。心筋梗塞で破壊された心筋細胞は、基本的には再生されない。心筋細胞が失われた部分は、別な細胞(心臓線維芽細胞)が増殖・線維化して置換されるが、その分心臓ポンプ機能は低下してしまう。

そこで、ES細胞やiPS細胞のようにあらゆる細胞に分化することができる幹細胞を用いて心筋細胞を生成し、それを患部へ移植するという手法が有効な治療法の一つではないかと考えられている。しかし、倫理的な問題や、幹細胞の癌化問題、そして、常に拍動している心臓への移植細胞の長期生着の困難さなどが指摘されており、課題も多いようだ。
宇宙が心臓再生のカギを握る
宇宙空間での滞在は、人体に様々な影響を与えることが知られている。放射線による影響や精神的・心理的な影響など…。しかし、人体に最も影響を与える因子の一つは重力環境の変化だろう。では、宇宙空間における微小重力環境は心臓にどのような影響を与えるのだろうか?
宇宙空間における微小重力環境下では、心臓は地上にいるときよりも血液を全身に送るための力が少なくて済むため、心臓の筋肉は衰え、血管は弾性を失い、血管壁は厚くなっていく。つまり、「動脈硬化」が進行する。これによって、心筋梗塞をはじめとした心臓病のリスクが高まることになる。
しかし、このような人体への悪影響が指摘される一方で、宇宙空間における滞在が心臓に対して治療効果を持つことが分かってきた。微小重力は幹細胞に影響し、幹細胞をより早く心筋細胞へ分化させる効果があるという。そこで、アメリカのロマ・リンダ大学(全米最大級のプロテスタント系私立医科大学)のジョナサン・ベイオ氏ら率いる研究チームは、この幹細胞に対する効果を心臓再生に応用できないかを調査した。
微小重力は体内のカルシウム・シグナル伝達を変える
体内において、カルシウムイオンは細胞の機能を制御する重要な情報伝達物質の一つである。通常、細胞内のカルシウムイオン濃度は非常に低く保たれている。そこへ、何らかの刺激が伝達されることで、細胞外のカルシウムイオンが細胞質内へ流入してくる。この細胞内におけるカルシウムイオン濃度の変化が様々な細胞応答を引き起こす。このようなカルシウムイオンを介した情報伝達経路を、カルシウム・シグナル伝達と言ったりする。
ベイオ氏ら率いる研究チームは、NASAの国際宇宙ステーション(ISS)上の国立研究所において、新生児の心臓前駆細胞を12日間に渡って培養した。そこで、遺伝子発現の変化に注目したところ、微小重力環境は、心臓の発生・形成の初期段階に関係する遺伝子の発現を誘発することが分かった。およそ一週間後、カルシウム・シグナル伝達経路において変化が生じることが判明したが、研究者たちはこれが幹細胞ベースの心臓再生医療に活用できるのではないかと考えた。およそ一か月後、カルシウム・シグナル伝達経路上のカルシウム依存プロテインキナーゼなどの物質が活性化されていた。研究者たちは、さらに調査を進めるために、今度は地球上でこのカルシウム・シグナル伝達を人為的に増強させて調査を行ったところ、カルシウム・シグナル伝達の操作によって細胞ベースの心臓再生を実現できる可能性があることが分かった。
現在では、すでに、心筋幹細胞を用いた心筋梗塞や心不全などの心臓病患者に対する治療の臨床的な試みは存在する。しかし、細胞移植の段階における課題はまだ残っているようである。それゆえ、今回の発見は細胞ベースでの”心臓再生医療”における、現行の臨床の現場での治療法の欠点を克服する助けとなるかもしれない。
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